「あの騒動から8年」元RIP SLYMEのSUが今、湘南のDJブースから放つ“本音”と再生への軌跡
su rip slymeの元メンバーとして、かつて日本のヒップホップシーンの頂点に君臨したSU(スー)。2018年のグループ脱退、そして事実上の活動休止から長い年月が流れた2026年現在、彼の名前はかつてとは違う形で、しかし確実にストリートで囁かれ始めている。
派手なメディアのスポットライトから身を引いた彼が選んだのは、原点回帰とも言えるローカルなクラブDJとしての活動だった。かつてsu rip slymeの低音を支えたあの独特のハスキーボイスとグルーヴ感は、形を変えて今もなお、湘南の潮風が香る夜のフロアを揺らし続けている。
狂乱の時代と、突然訪れた「沈黙」の真相

2000年代初頭、日本の音楽シーンは彼らのものだった。軽快なライムとキャッチーなメロディ、そして何よりも「楽しそうに遊ぶ大人たち」の姿に、誰もが憧れた。しかし、栄光の絶頂は突如として崩れ去る。プライベートのトラブルが引き金となり、SUは表舞台から姿を消した。当時のバッシングは凄まじく、ネット上には彼の居場所などどこにもないかのように思えた。
「あの時は、ただただ逃げ出したかった」。後に彼が親しい知人に漏らしたとされる言葉には、すべてを失った男のリアルな絶望が滲む。メディアは一斉に彼を叩き、長年築き上げたキャリアは一瞬にして砂の城のように崩壊した。そこからの数年間は、まさに暗闇の中を彷徨うような日々だったという。
湘南・鎌倉を拠点にするDJとしての「第二の人生」

現在のSUが主戦場としているのは、都心の巨大クラブではない。神奈川県・湘南エリアのローカルなバーや、小規模なDJイベントだ。派手な演出もなければ、テレビカメラも入らない。そこにあるのは、純粋に音楽と向き合う時間だけだ。
地元住民やコアな音楽ファンが集まるその場所で、彼はレコードを回し続けている。かつてのスターとしてのプライドを捨て、一人の「皿回し」としてフロアと対峙する姿には、妙な悲壮感はない。むしろ、どこか吹っ切れたような、軽やかな表情すら見せる。失ったものは大きかったが、手に入れたのは「自分のペースで音を鳴らす自由」だったのかもしれない。
残されたメンバーとの距離感と、2026年現在の関係性

ファンが最も気にするのは、やはりRIP SLYMEの他のメンバーとの関係だろう。3人体制で再始動を果たしたグループと、そこから離れたSU。2026年現在、彼らの間に直接的な交流はほとんどないと噂されている。
しかし、関係者の話を総合すると、決して憎み合っているわけではないという。それぞれの道を歩み始めたからこそ、あえて干渉しない。それが彼らなりの大人の距離感なのだろう。かつて同じステージで「楽園ベイベー」を歌った仲間たちが、それぞれ異なる場所で成熟していく姿は、ファンにとっては複雑でありながらも、どこか救いのある現実だ。
「おじさんヒップホップ」の先駆者として見据える未来
50代を迎えたSU。かつて「お洒落でやんちゃな若者」の代名詞だった彼も、今や渋みを増したミドルエイジだ。日本のヒップホップシーンにおいて、加齢とどう向き合うかは多くのアーティストが直面する課題である。
彼はその問いに対して、言葉ではなく自らのライフスタイルで答えているようだ。白髪を隠すことなく、等身大のシワを刻んだ顔で笑う。無理に若作りをするのではなく、年齢相応の渋みと、少しの遊び心を忘れないプレイスタイル。それこそが、現在の彼が一部の熱狂的なリスナーから支持を集め続ける理由だろう。
過去の代償と向き合いながら、彼が鳴らし続ける音
スキャンダルによって負った傷は、完全に消えることはない。ネットの海には今も過去の過ちがアーカイブされ、時折牙を剥く。それでも彼は逃げるのをやめた。
「音楽で失った信用は、音楽でしか返せない」。そんな高尚なセリフを本人が口にすることはないだろう。だが、毎週末にクラブのブースに立ち、黙々とビートを繋ぐその背中が、何よりも雄弁に彼の決意を物語っている。2026年、SUの旅路はまだ続いている。かつての狂騒の残響を胸に抱きながら、彼は今夜も、静かにフェーダーを上げる。 (出典: su rip slyme(Yahoo!ニュース))